暴言騒動の芸人さんへの提案

時は大SNS時代

毎年恒例のM-1があった。お笑い好きの僕は、例外なくM-1を見ていた。今年は「霜降り明星」が優勝した。おめでとうございます。和牛も面白かったが、僕の所感ではネタが少々凝りすぎて、単純な「笑い」という事だけでいえば霜降り明星が優勝したのは妥当だと思った。ところで、毎年、優勝したチャンピオンが脚光を浴びるのが通例だが、今年は少し違った方向でM-1が話題になってしまった。そう、とある2人の芸人が、大会終了後の打ち上げ(?)で、M-1の女性審査員に対し暴言を吐いて、それをインスタライブにアップしてしまったのだ。たぶん本人たちは日頃のうっぷん、憂さ晴らしのつもりだったと思う。だが、世は大SNS時代、その動画はシェアされまくり、日本中を駆け巡って、最終的には先輩芸人達が本人の代わりに謝罪する事態にまでなっている。こわ~。なんか、M-1が終わった直後はネットでも結構女性審査員に対する反対意見のようなものが見受けられたような気がするのだが、このような事件が起こると誰もその事を言わなくなる。この大SNS時代では、より叩きやすい方叩きやすい方へと世論が流れ込んでいくらしい。僕はそれはそれで怖い、とも思う。暴言を吐いた芸人をこれでもか!と叩く人の神経も正直、僕にはわからない。なぜなら、周りを見渡すとそんな事はみんな言っているし、僕も気を付けるようにはしているけど例外ではないし、今回の騒動が誤った行為なのは周知の事実だけど、自分もそんなに出来た人間ではないので、人様の事を偉そうにはとても言えない。サラリーマンでも飲みの席で上司に対し暴言に似た愚痴を言う事はみんなよくあると思うし、聞いてる方もみんなスルーしてると思う。今回の問題は、ただそれがインターネットの海に流されちゃったことなんだよね。ただ、言葉には言霊というものが確実にある。

言霊に自分が支配される感覚

僕もどちらかというとそういった過ちをときたま犯してしまうタイプの人間なので2芸人の気持ちも分からなくはない。無論、後から激しく反省/後悔するのだが、ただ、言ってしまった言霊というのは消えない。これはSNSやインターネット上だとサーバにログが残る、とか、一般人の場合だと、誰かが覚えているから、といった類の物理的な事ではない。口にして言った言葉は、自分の周りをまとわりついて自分自身を支配しているのだ。例えば誰かの悪口を言った後は、次の日その対象の人に会った時の態度が絶対に変わっている。目が泳だり、避けようとする。攻撃的にもなる。自分の口から出た言霊に自分自身が支配されてしまっているのだ。あと、逆の現象で、好きだと思っている女の子がいるとして、心の中で秘めているときに比べて、友達にバラしてしまった後はその子を1.5倍くらい意識してしまう現象と原理は同じだと思う。(よく言われてる話だけどね)

悪口募金という提案

万引きは捕まるけど、悪口や愚痴、感情的な怒り、というものは厄介ではあるが、別に違法ではない。もちろん究極を言うと名誉棄損とかの罪はあるけど、バカだのハゲだのババアだのと言った発言で別に刑務所に行くことはない。この国には言論の自由がある。基本的には自分を自分で律しなければこの癖は治らない。だから、意識して直していく必要がある。今日散歩している時、自分への戒めも込めて、そういったものに対する何か良い戒めの方法はないか、と考えた。「悪口募金」というのが浮かんだ。方法は簡単。まず100均で貯金箱を買う。あとは、悪口を言ったり、感情で怒ったり(叱るは別だけど)、人を傷つけてしまった日の夜、100円、500円、と自分で金額を決めて反省を込めてその募金箱にお金を入れる。募金箱が満タンになったら、そのお金で寄付をするのだ。災害募金でも、恵まれない国の子供達への募金でもいい。悪口や感情的な怒りなど悪い習慣を続けると、いつの日か誰かの信頼や関係をぶち壊すリスクがあるし、もしそうなったら、長い目で見れば、そんな募金額は比じゃないくらいの損失が自分自身に降りかかるのである。先の暴言を吐いた芸人は、関西の番組では今後肩身の狭い思いをするだろう。これは一生消えない自分への十字架になる。うっかり暴言による機会損失にくらべれば、100円や500円なんて、はした金だと思う。また、メリットは自分に対してもある。僕の場合、そういう日は過度に落ち込んでしまって、不眠症になる事がある。でも、自分の過ちで世界の恵まれない子が救われるんだと思えば、少しは割り切ることができる気がする。「反省はしたけど人助けもしたんだし、明日に備えてぐっすり眠るかぁー」、というマインドの好循環を作り出す事ができるかもしれない。くよくよしてても済んだ事は取り返せないのだ。我ながらいいアイデアなので僕はこれを実行しようと思う。そしてとろサーモンのボケの人にもやってほしい。(言っちゃった)

ベンダーSEが社内SEになる理由

はじめに

タイトルの通り、ベンダーSEだった僕が社内SEとして働くことになった。今回は社内開発であることを軸に転職活動した。社内SEといっても、ヘルプデスクとかの作業をやるのもなぁーと思っていたのと、外注(この人達もベンダーSEだね)の見積にケチつけるだけの仕事もつまらなそうだと思ったので、最終的にはどちらかというと経営戦略的な位置づけのポジションで、なおかつ、開発もできる社内SEになることにした。選考を受けていく中で思ったが、社内SEにも色々ある。外注指示とかヘルプデスクだけのところもあれば、すべて自分達で開発している社内SEもいる。上から直に頼まれごとが下りてきて大忙しの社内SEもいるだろう。また、休日もシフト出勤が必要な会社もあるようだ。SEという仕事は本当に会社によって解釈が違う。たとえば寿司職人は寿司以外握ることはない。パスタを作ることもなければラーメンを作ることもない。でも、SEという仕事は寿司職人でいえばラーメンをつくったりパスタをつくったりもアリなのだ。いや、もしかしたらラーメンしか作っていない寿司職人がいるかもしれない、寿司ではなくおにぎりを握っている寿司職がいるかもしれない、SEの世界とはそういうものである。話が打線したので戻そう。いずれにしても社内開発エンジニア、というところを軸にして転職活動をしていたわけだが、長い事ベンダー側でSEをやってきた僕が、なぜ社内エンジニアを目指そうと思ったかを綴っていきたい。同じ境遇の方の参考になればこれ幸い。

 

ベンダーSEは金儲けが第一優先である

ベンダーSEということは会社は独立系になってくるわけだが、それはイコールシステム屋さんという事になる。システム屋さんというのはご存知の通り、システムを提供して金儲けをするビジネスモデルである。八百屋さんがリンゴを売り、魚屋さんが魚をうって金儲けするのと同じである。そりゃそうだ。ただ、原材料はリンゴやサンマではなく人(エンジニア)である。そう、人が材料なのだ。当然、受注が優先なので、お金儲けが第一優先になってしまう。正直開発していて、こんなの作って使う人うれしいのか?または、サブシステムのサブのサブのようなものを延々を作らされて、これって結局何なんだ?というようなこともある。だが、そこは営業とお客様の間で既に決まってお金ももらっているのである。エンジニアはそこを考える必要がない。黙々と作業する事が求められる。なんか、なめられている気がするのだ。ぶっちゃけ、中流以下のベンダー企業(特に常駐とかしているような人)にはノペーっとした無表情な人が多いが、あれは、そういう事に対して思考停止している人のほうが上が使いやすいからなんじゃないかと思っていた。そして、そういう世界で一緒くたにされるのが嫌だったのもある。その点社内SEは別の金儲けがあって、そのための業務改善活動である。システムとは本来こういう意図で開発されるものではないだろうか?

エンジニアが番付表のような扱い

これも僕にはなじめなかった。まるで相撲取りの番付のようにスキルやできる言語などを一律にならべ評価しようとする。C#ができる/できない、Javaができる/できない...etc、なんか、昔ギターをやっているときに誰かが言っていたが、弾きたい曲があるからギターを弾くのであって、ギターがうまくなるためにギターを弾いてもうまくならないと言っていた人がいたけど、それの逆を地で行っている気がして、違和感がハンパないのだ。それこそバリバリエンジニアとして評価されたい人にはいいかもしれないが、そもそも僕はエンジニア気質ではないのだろう。単純にそこまでストイックではないということもあると思うが、何かしたいことや目標が明確にあり、手段として技術などはそのための手段である、という考えのほうが燃える。特にSES(客先常駐)なんかでは、あるスキルがあります→それを持って客先に面接してそのあとそこで働きます、しかも何を作っているかはお上の判断なのでわかりません、というのが一般的なのだが、そんなんでモチベーション上がる?って思う。何でやるかより何をやるかのほうがモチベーション的には大事じゃない?ってずっと思っていた。余談だが、Web系のエンジニアも技術志向主義なところがあるが、こちらは、スキル+α強い使命感がないとできないと思う。ベンダー系はスキル+αなにもナシな事がたびたびある。あぁ、たまにスキルすらなく、ただただ事務作業をしているというパターンもあるが。

顧客折衝がイヤだった

これはベンダーSEの業界ではなぜか禁句のような言葉だが、イヤなのだから仕方ない。それこそ何かに取り憑かれたかのようにこれを連呼するベンダー企業が多い。顧客折衝、上流工程、PM/PL、、、これらはベンダーSEが声を合わせて連呼するミラクルワードである。明らかにそぐわないタイプの同僚や先輩がこれらを目標にしている(させられている?)のを見たことがある。しかし、胸に手を当ててみてほしい。これらのワードにそんなに魅力を感じるだろうか?正直、クエスチョンマークが浮かぶ。これらのワードは会社が高単価で受注をとれる「PM」という職種を、右も左もお金の仕組みもわからない純情な社員に目指させるための洗脳でしかないと思う。僕は働けば働くほどこれらのワードに嫌気がさしていた。僕はそもそも、そんなに人付き合いが得意ではない。そりゃ、仕事上必要なコミュニケーションは当然取るが、そもそも僕だけでなく、この業界に入った人のほとんどがコミュニケーションがそんなに得意ではないはずだ。得意なら営業になっているだろう。黙々をものを作るのが好きだから続けられるのである。それなのに、誰も彼も真逆にゴール設定するのはいかがなものか。昔、営業とともにお客様との接待の飲み会に行ったことがあったが、死ぬほど嫌だった。気を遣うし、好きな事も話せない。非常に苦痛だった。社内SEは、当然社内でのコミュニケーションは必須だが外で営業活動やプリセールスまがいの事をさせられることはない。

なぜか外に出ない人もスーツを着ている

これは非常に謎である。まぁ、毎日服の事を考えずに同じ服を着ていればいいので楽といえば楽なのだが、純粋に意味が分からない文化だ。昭和の「スーツかっこいい」文化をそのままずるずる引きずっているような気がしてならない。思考停止しているのだろうか。僕は無駄なことに労力は使いたくない。スーツで来なきゃいけないならスーツを定期的に買わなきゃならないし、意味のない文化のために意味のない出費をするのはごめんだ。たぶん客先に言われる場合があるからだとは思うが、それって服従心?忠誠心?それとも何?うちは必要ないんで私服です、で終わりだと思うんだけど。あと、よくわからんけど特に金融系だとうるさいらしいね。その点社内SEはスーツを求められないからいい。

共感できる人は転職するのもアリだと思う

色々理由は書いたけど、まぁ結局は自分の志向とか好き嫌い、得手不得手に合わせて仕事もチューニングする必要があると思ったし、自分自身、そういう時期だと思ったので転職をしたわけだ。何よりベンダーSEで働いてきて、上の人たちを見て辛そうだなぁと思う事はあれど、あまり憧れる事がなかった、というのもある。この選択が正しいかどうかはわからないけれど、同じ境遇にいて同じ事を思っている人がいたら、そんな無理する必要ないんじゃない?と言ってあげたい。仕事などいくらでもある。しかも今はエンジニアの求人倍率高いし。ではーー。

 

 

Don't look back in anger

ときどき襲う不眠の原因

転職先が決まって、もうすぐ新しい環境である。僕が最近のニート期間を使って今までの人生を振り返って、自分に最もいらないと思った感情は「怒り」である。自分を守るために、何かを守るために怒りは必要だ、とみんなが口を揃えて言う。僕も例外ではなく、そういった言葉に感化され、歳をとれば取るほど怒りっぽくなった。特に仕事の時なんかは顕著であった。これは多分面倒な仕事を押し付けられたとか、誰かのミスや怠慢によって泥をかぶって仕事を増やされたとかそういったことが多かったように思う。また、怒ることにより自分を正当化したり、何か自分が大物にでもなった錯覚をしていたのだろう、とも思う。とにかくよく怒っていた。しかし、そういってふつふつを湧き上がってきた怒りほど、後から考えてみると、「俺はなんであんなに怒っていたんだろう」とか「あのアタリ方は少し理不尽だったよな」と思って、恥ずかしくなる。そして、そういうことに限って、日曜日の夜中とかに思い出すから眠れなくなるのだ。

「怒り」にも才能がある

世の中には怒っていい人とそうでない人の2種類のタイプの人間がいるという事がわかった。正しく怒るためにはいくつかの条件がある。

  • どのような状況でも常に公平な目で物事をジャッジできる
  • 自分の怒りを貫き通せる(相手がたとえヤのつく人だとしても)
  • その物事が起こったバックボーンを誰よりも把握している
  • 守る矛先が自分以外の何かである(自己保身の怒りは恥ずかしい)

こういった条件をクリアしないと、ただの自分勝手な人物になってしまう。そして、これをできる人というのは僕を含めてそうそういるもんじゃない。何人か上のような人を見たことがあるが、ほとんどいない。会社の大先輩とか見ていてもだいたいは自分勝手にキレている。それは僕も例外ではない。正しい「怒り」というのは「全面的に自分が正しいことを主張する」動作なのだから、よほどの裏を握っているか、最後まで戦い続ける勇気がなければ成り立たないのである。公衆の面前でキレるなんざ、戦国時代でいうハラキリができるか、という話だと思っている。あー、あと、会社で部下にわざわざ他の社員に聞こえる声で説教している人もなんか優越感というかアドレナリン出てるんだろうなー、恥ずかしいね、あれ。みんなの前でアドレナリン出して悦に浸って、公開オナニーと変わらんね。

オレには怒りの才能がないから卒業します

無職の間に自分の怒りエピソードを色々思い出してしまった。が、だいたいが返り討ちにあって、途中でめんどくせーわー、となってうやむやにしてしまう事が多かった。そして、それをグチグチ覚えているという悪循環であった。ならばいっそ、「怒り」という感情を封印してしまおう。ストレスは溜まるかもしれない。だが、それは別で発散すればいい話だ。不確定要素を楽しめるようになり、焦りをやめ、ドーンと構える。困っている人がいれば助け、また、自分が困っていたらイライラするのではなく、お茶でも飲んで、一息ついてから人に聞いてみよう。心機一転、環境も変わることなので、「怒り」というものに身を任せるのはやめようと思う。Don't look back in anger の意味がわかったよ。

嘲笑が好きだった君へ

この歳になると色々思うことがある。以前のブログで書いた通り、僕は今無職だ。とは言っても、就職活動をしているし、一応、第一希望の会社から内定をいただき、もうすぐそれも終わりを迎えようとしている。今回の会社選びは非常に迷った。というか未だに迷っている。なぜかというと、前辞めた会社は2社目だったが、なんか自分の中で納得がいっていなかった。入社はしたものの、すぐに辞めてやろうと思っていた。

自分の核心を突けない自分

転職サイトにはスカウトという機能がある。それは、匿名の転職希望者の経歴を見た会社から「面接をしませんか?」とオファーを受け、その後、その会社と直接内定までの選考を行うものである。直近まで働いていた会社はそれで何となく決めた会社だった。自分でなんとなく決めておいて、入ったら入ったで嫌になってしまったのである。なぜか?たぶん、図に乗っていたのだと思う。これは昔からずっとなんだけど、自分がどこか特別な人間である、とずっと思い続けているからなんだと思う。新卒で入った会社は中小のIT企業だった。スキルも何もなく、ただ負け犬なりの火事場のクソ力のようなもので炎上案件を乗り切っていたこんな僕だが、というか、だからなのか、それなりに評価もいただけていた。それから色々あって転職せざるを得なくなった。結局、次に入った会社(最近辞めた会社)は常駐ITの会社でどうってことはない、当時の同僚に話しても「ふーん(そんなとこ入ったんだ)」としか言われないような会社で、自分の選択が間違っているような、でも、正解が何かわからず、ただただ逃げと流されに身をまかせてきた僕には先へ進むしかない選択だった。

裏道逆転できないマリオカートのような日々

考えれば、僕は学生時代から色んな事を夢見てはすぐ飽きて流されてを繰り返してきた。学生時代(特に中学)はお笑い芸人になる事しか頭になく、勉強も全くしてこず、しかも運動もできなかったので、中学のテストの時は面白回答みたいなのを書き続けて先生から「ふざけているのですか?」とテスト用紙に書かれたこともある。自分からふざけておいて、そんな事を書かれた日にはすごく恥ずかしい気持ちになったのを覚えている。また、クラスの学級委員を決めるとき、クラスメイトの名前を書くのだが、芸能人の名前を書いて、この世のものとは思えないくらい滑って、女子から「おもしろくなーい」と真顔で言われた痛みは今も忘れない。また、その上、思春期特有のコンプレックスや悩みや性欲に思考を蝕まれてきており、クラスメイトの誰とも話す事ができず、友達もいなかった。まさに、「THE 陰キャラ」といったテイストに包まれていた。高校も誰でも入れるようなところに行き、高校ではクソほどのいじめに遭い、そんな事をしているうちに、芸人になる、という夢も消え果てしまった。そのままずるずると中小ITに入るところまで来てしまった。だけど、今考えたら、何がなんでもお笑い芸人になっときゃよかった、人の道から外れた人間として、それをなぜ貫き通さなかったんだろうってたまに自問自答してしまう事がある。マリオカートで言うと、裏技を使おうと思いっきりコースアウトして壁抜けできるところを一人探してたのに、途中であきらめて普通に走り出したやつ、みたいな人生である。当然の最下位である。実際にマリオカートをプレイしていた時もそんな感じだったので、それがそのまま人生に反映されていると思うと感慨深いものがある、なんて言っている場合ではないが。

成長の基準

僕はたまに一人でする事がある。3年前に自分がしていた失敗や情けない行動を思い出して、今ならするかどうかを考える。それが居ても立っても居られないくらい恥ずかしい気持ちになったら自分が少しでも成長しているのかなぁと思っている。

コースアウトならコースアウトなりに

次の会社はベンチャー企業になる予定だ。実は、僕はベンチャー企業で働くのが最近の夢だった。以前、ベンチャーに受けたけど落ちまくった記事を書いた。もうあきらめていたつもりだったが、求人を見るとそっちに目が行ってしまっていたが、いざ、内定をもらったらもらったで怖気づいてしまいそうになって逃げだそうとしていた。でも、僕はもう後悔したくない。一つ一つの決断を自分の力でじっくり考えたい。そして、もう何かのせいにはしたくない。たとえそれが誤った決断だったとしても、自分が憧れたものには絶対1回はなってみたい。裏道を見つけたら、その先が底なし沼で、亀さんに吊り上げられたとしてもそっちに行ってみたい。(分かる人いるかな)ダメならダメでまたやり直せばいい。自分自身でした決断に言い訳する事だけはしたくない。そして、そんな自分に言い訳するために、影で人をあざ笑ったりするような人間にもなりたくない。考えてみたら、人生には無駄なことなんて何一つないように思える。よくオッサンとかが言っていて、昔は綺麗ごとばっか言いやがってと思っていたが、今は同じ事を思う。死ぬほど滑った経験もいじめられた経験もすべて僕の血となり肉となっている。そしてそれは、僕が再び間違った事をしそうになったとき、僕にブレーキをかけてくれた。そうじゃない時もあるけど、でも言い過ぎたとかやりすぎたとか反省する時の強烈な物差しになるのは、そういう痛みとか身を以て味わった地獄だと思う。人間なるべきようにしかならないし、足りないなにかを思い知らせるために痛みを覚えるんだろうなぁ。だから、人生逃げる事も大事だけど、それが自分が原因で起こっている場合はいつかツケが回ってくるとも思う。

さいごに

さて、結構病んでんなって思われるかもしれないけれど、僕は今すごく人生が充実しているし、楽しい。最近は友達とも全然遊ばないけれど、一人でいるのは好きだし、それが自分らしいからいいんだと思える。そして、今日散歩をしていてなんか、本気で生きなきゃなって思った。この日記を今までの自分へのハナムケにでもしておこう。そして、同じような事思っていたり悩んでいる誰かの何かの参考になれば幸いです。参考にはならんか、こんなやつもいるけどなんとか生きているということで。ではでは。

会社の辞め方講座

すっごいお久しぶりの投稿です。

さて、タイトルの件ですが、みなさん、会社辞めてますかー!?または、辞めることは言ったけど引きとめられてグダグダ会社に残っていませんかー!?

一度やめるといっておきながら会社に残るのは最悪です。周りにも悪い影響を与えますので何が何でも辞めましょう。むしろ一度リタイア宣言した者は会社にいてはいけません。上司は辞めないでくれ、君が必要だみたいな事をいいます。まぁ、言われた時はちょっと嬉しくて、多分会社に入って一番くらいに褒めちぎられるのでいい気にはなりますが、あまり浮かれないようにしましょう。なぜかというと、どこの上司もそんな事全然思っていません。考えているのは「めんどくせぇ仕事増やしやがって」「俺の評価が下がる」と言うことだけです。辞める理由は人それぞれだと思いますが、自分で一度決めた事は人に言われたからって簡単に変えてはいけません、何を言われてもハナホジして聞き流しましょう。

ぼくは二回会社を辞めたことがあります。

ぼくの会社の辞め方と、そのときの上司の反応を紹介しますので、これから会社を辞めようと思ってる方、引きとめられて結局残っている方の参考になればこれ幸いでございます。

 

まず、直属の上司に辞める旨を話すと、上司や幹部から次々と呼び出しがかかります。そして、みんなが必ず次の転職先を聞いてきます。ちなみにぼくは、次の転職先が決まってるパターンと決まってないパターンどちらも経験しました。まず、次が決まってるパターンで注意してほしいのは、「会社名は絶対言わない」ことです。ほぼ確実に問い詰められますが、よほど今の会社と月とスッポンくらいの超一流企業でない限りは絶対に答えない方が良いです。会社名を言うと、上司側にその会社のよくない点を言われたり、その会社を小馬鹿にする心理が働きます。なぜかと言うと、「本当にこの会社でいいのか」判断を迷わせて今の会社の方が優れている事をアピールする目的なのでしょうが、自分で決めた会社ならそんな言葉で迷ってはいけませんし、向こうの思うツボです。それに自分がこれから行こうしているき会社の悪口を言われるのは気分が悪いですよね。あ、逆にぐうの音も出ないような一流企業なら堂々と言ってやってもいいかもしれません。笑

 

次に、次の転職先が決まっていないパターンですが、これも「決まっているけど言わない」というのが一番賢いと思います。ただ、ぼくはその手のウソをつくのが嫌いなので、「ちょっといったん休んで色々知見を広げたい」という旨の事をいいました。そしたら、やれ人生の計画がどうだのキャリアが途切れるだの考えが甘いだのとお説教を食らいました。笑

あと、「世の中にはバカと天才がいて、紙一重だと思うけど、お前はバカの方の選択だ」と言われたのが印象に残ってます。ただ、僕からしてみたら、会社の事業の方向性も見えなくなってきて、そもそもここで死んだ魚のような目をして影では「辞めたい辞めたい」言ってるアンタの部下の面々はどうなんだ、その人たちに「会社を続ける理由」を聞いてあげた方がいいんじゃない?そっちを心配してあげて、と思いました。笑

ちなみに、辞めてからの計画を出せと言われたので、一応その話には乗って、自分の半年計画を出して「そんなに計画が大事なら逆に部としての計画を教えて下さい。」と言って、「その計画も現実味はないですよね、無理だと思いますよ」ということで話は終わりました。

 

僕はなんでもかんでも喋ってしまうタイプなのでこの手の話になると墓穴を掘ってしまいがちでどうしても長引きます。みなさんが辞める報告をするときはウソでも「もう次決まってます、会社名は言うなと言われているので言えません。」とかいってささっと終わらせるのがベターかと思います。あまり長引くと嫌になってくるので、サッパリ終わらせましょう。

 

というわけで、退職活動がんばってくださいね。ではでは。

底辺SIerが超意識高い系Web系ベンチャーへ転職活動して失敗した話(後編)

前回からの続き。

新卒で入ったSIer中小企業で5年勤めた僕は、そこで、仕事に必死で打ち込んだ。確かに、おかしいと思うところはいっぱいあったが、今でも仲良くさせて貰っている先輩もいるし、良い同期にも恵まれていた。今考えてみれば、一番リア充な時期だったのかも知れない。

そして、その会社を色々あって辞めて、今は別のもう少し人数規模の大きいSIerにいる(結局SIerかい!という笑)僕はとにかく自信満々だったのだ。正直どこでも就職できると思っていたので、転職先の会社もつなぎで入って、準備して、自分の望み通りの会社に転職すれば良い、と思っていた。そして、ちょうど一年前、東京のイケイケなWebベンチャー企業を受けまくった(多分10社くらい)。自分で作ったスマホアプリを引っさげて。ちなみに、経歴書を少し盛れば、SIer→WEB系でも書類選考は案外スルスル通るのだが、通ってからが非常に大変。

まず、SIerで使っていた、OracleSQLServerVBなどの経歴に全く興味を示されない。Web業界がでのプログラム言語はPHP、Node.js、Rubyで、データベースはMySQL、サーバはLinuxなのだ。また、Web業界の人には常識だと思うが、正直、SIer業界では、GitHubすら知らない人が多い。僕も恥ずかしながら、3年ほど前に知った。僕が思っていた3倍は世界が違った。また、面接官(というか社員)の人も目力があって、仕事への情熱や探究心が強い人が多いイメージで、大半の人の目が死んだ魚の目をしているSIerとは全然違う。そりゃ考えてみりゃ、イケイケのベンチャーの一線で働いている人なんて、学生時代は勉強もスポーツもできて、優等生だったにも関わらず、大企業に行くことをよしとせず、自分を追い込んでいるのだ。僕と真逆の人生を歩んできた人たちだと純粋に思った。

また、Web系の会社は面談でプログラミングをさせられる。少しはオブジェクト指向言語は触ってはいたものの、もともとコボラーだった人間のクソロジックが、そんな意識高い人達を納得させるものを書けるはずもなく、「それだけですか?」(鼻で笑われた気がしたけど空耳かもしれない)と言われ、挙句の果てには、面接のはずだったのに、途中からプチプログラミング講習が始まる事態。この世の恥という恥をかいた。転職活動はエージェントの人を通していたが、エージェント越しの「ひとひとりさんは非常に人柄は魅力的なんですが、やはりちょっとスキル的な面で・・・」というお祈りは耳にタコができるほど聞いた。SIerに踊らされていた負け犬は、優秀な人たちを前に、自分が負け犬であった現実を久しぶりに思い出した。

まぁ、そんな訳で失敗だらけの1年前の転職活動だったけど、学んだことは非常に多かったと思う。1つや2つの組織の中に閉じこもっていると、その中で偶然良いポジションについてしまったり、妙に安定してしまうことがある。でも、外の世界に出て強者に会うことで、自分がいかにぬるま湯に浸かっているか再確認できる。一番怖いのはいじめられたり怒られたり叩かれることでもなく、今の自分に納得して、思考停止してしまうことだと思う。僕は社会人生活を少し飛ばしすぎたかもしれない。もう少ししたら、今いる会社を辞めて、少しの間自由に過ごしたいと思う。そこでこれからの生き方を決めたい。自分を見つめ直して、また1から出発したいと思う。僕はもっともがきたい。

しっかしこうやって改めて書き起こしてみると、まだまだウンコ野郎だと思うけど、中二病だった学生時代よりは随分成長したじゃないか!と少し自分を褒めたくなった。皆さんも失敗しても、時々頑張った自分を褒めてあげてください。

そして、こんなおじさんもいる事を時々思い出してください。ではでは。

底辺SIerが超意識高い系Web系ベンチャーへ転職活動して失敗した話(前編)

人は他人の不幸が好きである。かくいう僕も好きだ。今の時期は多分新卒で就職したばかりの新人の人がたくさんいて、不安な人もいると思う。おじさんも失敗しまくりの人生だが、なんとか生きているので安心してほしい。タイトルの件だが、そんな僕の去年の大失敗の話をしようと思う。が、その前に、まずは、それ以上にダメダメな僕の半生を聞いてほしい。

僕は学生時代から割とずっと劣等生である。勉強もできない、スポーツはてんでダメ、それどころか野球のルールもまともに知らない、というかスポーツでの勝ち負けに興味がない。勝って嬉しいかぁ?って思ってしまう。我ながらマジで人として大事な何かを落っことして生まれてきたような気すらする。小学校低学年が人生のピークで、そのピークをひきづったまま、重度の中二病を患ったおかげで、ろくな高校に入れず、そこにはヤンキーとオタクしかいなかった。まぁ僕はこの高校時代に死と等しい思いをしたのだが、このへんの事はまた機会があれば書こうと思う。そして、そのまま専門学校の情報処理学部に入った。理由は、何となくこれからITが来そうだったから、という非常に浅い理由によるものだ。あと、高校時代のヤンキーやオタクと金輪際オサラバしたかったのもある。ちゃんとしたIT業界でまともに働けばコイツらの顔は二度と見なくてもいい、そんな理由だった。

大体の人は人の敷いたレールをそのまま歩く事に一度は悩んだりするものだが、そのレールのさらに脇道のドブ川のウンコまみれの畦道を歩くような人生を歩んできたと自負している。進学した専門学校でも特に何かに打ち込む事なく、基本情報の資格をかろうじて取得できたくらいだった。まじで過去のことを思い出すと何やってたんだ俺は感で打ちのめされそうになるが、済んだことは仕方ないのである。

人生で一番頑張ったことと言えば、新卒の就職活動だ。マジで人生をなんとかしたかった思いが強かったのだろう。リーマンショック直後だったので就職難と言われたが、なんとか中小SIerに就職することができた。

その会社は、会社規模の割には一応大きなお客さんの仕事をやっていたが、1〜2年目はひたすらCOBOL言語をやらされていた。あとは、外注でくるおじさん達のスケジュール管理や資産管理等。今考えたら、よくこんなことを何も疑問に思わずやっていたなぁと思うが、それは少しでも僕が成長した証拠なのかと今思った。

SIerというものは通称ITドカタと言われていて、ゼネコンの仕組みと非常に似た構造をしている。エンドユーザ→元請け→1次請→2次請→外注派遣PG(プログラマ)というようなカースト制度が出来上がっており、当然、上の立場の者は下の立場の者にやたら偉そうである。

例えば、当時の会社は1次請くらいが多かったが、同じ会社の人が、外注の派遣PGに対しネチネチと嫌味を言ったり、ストレスの吐け口に使っているような光景を何度も見てきた。また、僕自身も、下請の人に対し、そういう態度をしていた事もあったように思う。それは今考えると非常にくだらないしダサいことだなぁと思うのだが、ああいうおかしな環境にあると、だんだん感覚が麻痺してくるのである。プログラムも、何個か作ったと思ったら、外注PGのスケジュール管理や課題管理に回され、あとはエンドユーザとの書面レビュー指摘に対する回答をひたすら書いたり、SIerがエクセルと睨めっこばかりしている理由はこんなところである。あと、下請けは、元請けが辛い思いをしているときの痛みは分かち合わなければならない。他のベンダーのユーザテストの対応が終わらないときは、元請けもろとも徹夜ぶっ通しでバグ対応をしたりした事もあった。体育会系を避けて生きてきた僕が、初めて連帯責任というものを学んだ。そして、一番の恐怖は、そんな多重下請け構造で変にハマってしまうと、自分が結構できる人間であると錯覚してしまう事だ。事実、僕は当時の社長に相当できる新人扱いされていたし、そんな事もあって、自分の事を結構やり手のエンジニアだと勘違いしていた時期があった。

 

そう、1年前のあの事件までは・・・。

つづく